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人類滅亡を示唆? 狂気の実験 「死への羽ばたき・ユニバース25」

人間が最も残酷になれる時、それは悪事に手を染める時ではなく、「自分が正しいと思うことのために行動する時」であるという。

それは科学の分野においても、言えることなのではないだろうか。

有史以来、人類は様々な動物実験を行ってきた。そして動物たちの命を利用した残酷な実験の結果は、人類に数々の驚きや知見をもたらしてきたのだ。

今回は、その結果が人々に衝撃を与えた動物実験のうち、「死への羽ばたき」と「ユニバース25」の2つを紹介しよう。

死への羽ばたき

画像 : Carroll Williams (Montreal 1956) public domain

死への羽ばたき」とは、アメリカの動物学者カロール・ウィリアムズ博士が、1942年に蛾を対象として行った実験の通称だ。

蛾や蝶などの昆虫は、皆さんもご存じの通り幼虫から成長になる途中の段階でサナギとなり、サナギから羽化することで羽を持つ成虫となる。この成長の過程を完全変態というが、ウィリアムズ博士は特に昆虫の変態の分野で大きな功績を残した学者だ。

「死への羽ばたき」実験は、以下の手順で行われた。

まず博士は、同種で同時期に生まれた蛾のサナギを4体用意した。

そのうち1匹目の個体は完全なサナギとして何も手を加えず、2匹目の個体はサナギを前後半分に切断して、それぞれの断面にプラスチックを被せた。

3匹目の個体は、前後半分に切り離したサナギを短いストローのようなプラスチック管で連結した。

4匹目の個体は、3体目と同様にサナギの前後をプラスチック管で連結したが、サナギの中の組織が移行しないように、管の中にパチンコ玉のような可動の球を入れた。

ウィリアムズ博士は、この4体のサナギの変態の様子の観察を行ったのだ。

イメージ

実験開始から1ヶ月後、1体目のサナギは通常通り変態して成虫の蛾となった。2体目の断面にプラスチックを被せたサナギは、上半身だけが成虫の形に変態し、下半身には変化が見られなかった。

3体目のサナギは切断された傷が回復し、プラスチック管に繋がれた状態で上半身も下半身も変態した。4体目は球に組織の発達が妨げられて、上半身も下半身も変態が起こることはなかった。

この実験の「死への羽ばたき」という通称は、3体目のプラスチック管で体を繋がれた蛾が、羽化を完了した時に見せた行動に由来する。

3体目の蛾は、まさか自分の上半身と下半身がプラスチック管で繋がれているとは知らず、本能のままに羽を広げて飛び立とうとした。

しかし、プラスチック管の中で発達した組織はとても脆弱で、飛び立とうとした蛾の腹部はちぎれ、蛾の上半身もそのまま地に落ちて死んでしまったのだ。

「死への羽ばたき」を始めとする、ウィリアムズ博士が昆虫に対して行った数々の実験は、昆虫学に大きな影響を与えたとして大いに称賛された。

ユニバース25 (UNIVERSE 25)

画像:ジョン・B・カルフーン(1986年) wiki c Cat Calhoun

ユニバース25」は、アメリカの動物行動学者ジョン・バンパス・カルフーンが、実験用のマウス(ネズミ)を用いて行った実験だ。

この実験は、アメリカ国立精神衛生研究所がメリーランド州プールズビル近郊に取得した土地に建てられた施設内で行われた。

「ユニバース25」で使用された実験用施設は約2.7m四方、高さ約1.4mの金属製の檻で、各側面には垂直な金網製の「トンネル」があり、そのトンネルから巣箱やエサ入れ、給水器にアクセスできるようになっていた。

マウスたちの餌や水、巣の素材は常に不足がないように補充され、外敵に襲われる心配もない。

この施設はマウスたちにとって、外に行ける自由はないが飢えも乾きも捕食者に襲われる恐怖もない、ユートピアのような居住空間になるはずだった。

ユニバース25

画像:ネズミ実験を行うカルフーン public domain

最初に実験施設に放たれたのは、オス4匹、メス4匹の合計8匹のマウスだ。
このマウスたちは近親交配による害が発生しない、近交系のマウスだった。

初めのうちマウスたちは慣れない環境に困惑していたが、徐々に適応し始め、実験開始から104日目に初めてマウスの子供が誕生する。

それからは、マウスたちは55日ごとに倍になるペースで増えていき、8匹から始まったマウスの集団の個体数は、315日目には620匹に達した。

その後も文字通り鼠算式に個体数が増えていくかと思いきや、55日ごとに倍増していたマウスたちの成長率は大きく低下し、145日ごとにしか倍増しなくなる。実験開始から600日目以降は、個体数は減少の一途をたどることとなった。

実験施設は、計算上3,840匹のマウスが収容可能であったが、実験によって増えたマウスの最大数は2,200匹に留まったのである。

イメージ

315日目から600日目の間には、子の負傷や同性愛行動の増加、オスが縄張りとメスを防衛しきれなくなる現象、メスの攻撃性の増加、攻撃に対して無抵抗な個体の増加などが見られた。

そして、600日目以降はオスは完全な引きこもりとなり、死産率が100%になって、メスの繁殖活動の停止が確認されたという。

それ以降、マウスたちが繁殖活動を再開することはなく、マウスのコミュニティは超高齢化社会となっていき、1780日目で最後の世代が死んでマウスたちは全滅した。

餌や水を得るため、住居を維持するための努力が必要のない理想的な環境で、マウスたちは無限に繁殖していくのかと思いきや、自ら繁殖活動を止めて死に絶えてしまったのだ。

カルフーン博士は、このマウスたちの行動を人間にも当てはめ、物質的な充足だけが心や社会的な充足感をもたらすわけではなく、人口の過密状態や個人の社会的役割の欠如が、人々を無気力にして人間社会を崩壊させる可能性を示唆した。

動物たちの犠牲から得られるもの

今回は昆虫と実験用マウスを用いた実験を紹介したが、特に「ユニバース25」の実験結果は人類の未来を示唆する内容であったため、世界に大きな衝撃をもたらした。

確かに実験でマウスたちがたどった経過には、現代社会と共通する点も見受けられる。

近年は世界中で動物愛護の意識が高まりつつあり、大々的な動物実験が行われることは少なくなってきたが、これまで人類の文明の発展のために多くの動物たちが犠牲となってきたことは事実だ。

動物たちを利用した過去の実験の結果から、私たちは何を得て、得たものをどう役立てていくべきなのか。誰でも容易に情報を手に入れられる今、科学者だけではなく、1人1人が考えなければならない時代が来ている。

人々が考えることをやめて、ただ感情のままに現状を傍観、許容、否定するだけになれば、やがては「ユニバース25」のマウスたちのように繫栄する気力を失くし、衰退の一途をたどっていくのかもしれない。

参考文献 :
日本比較内分泌学会 (編集)『生命をあやつるホルモン―動物の形や行動を決める微量物質
久野友萬 (著)『日本人消滅: ジョン・B・カルフーンの実験「ユニバース25」が突きつける絶望の未来

 

北森詩乃

北森詩乃

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娘に毎日振り回されながら在宅ライターをしている雑学好きのアラフォー主婦です。子育てが落ち着いたら趣味だった御朱印集めを再開したいと目論んでいます。目下の悩みの種はPTA。
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